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初めて読まれる方へ

「夢を叶える方法」や、俗にいう「引き寄せの法則」に関する書籍や記述はこれまでも数多くありました。 こうした「願望を実現する方法」にどことなく漂う胡散臭さや宗教っぽさを排除して、オカルトやおまじないの類いで終わらせず、誰もが日常生活の中で実践できる「生活の智慧」にすることを目的に、2018年に執筆を開始したのがこの「Change the World」です。
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実現する方法を考えるよりも先に「する」と決めてしまうこと(3/3)|vol.160

幸せになろうとしてこなかったから幸せになれない。これにあなたは反論するかもしれません。「いやいや、これまで幸せになろうと一生懸命取り組んで色々とやってきたよ」と。では、具体的に何をしていたのでしょう。 幸せになる方法を探し続けてきたのではありませんか?それが、幸せになるために「やったこと」ですか?むしろ、やるための情報収集で留まっていませんか?それは、やったことがあるとは言いません。
願望実現

実現する方法を考えるよりも先に「する」と決めてしまうこと(2/3)|vol.159

エゴはある意味「記憶装置」といえます。エゴが知っているのは過去だけなので、過去を踏まえた今を見てしまうのは無理もない話です。過去を踏まえて今を見ることは、統計的に現実を認識しようすることです。 過去の経験から、現実とはどのような場所でどのように振る舞うのがいいかということを分析し、そのルールに則って世界を見ています。一見それは、合理的な生き方に思えますが弊害もあります。
願望実現

実現する方法を考えるよりも先に「する」と決めてしまうこと(1/3)|vol.158

生きていると「○○でなければならない」、逆に「○○してはならない」といった自分ルールが多くあることに気付きます。これは自分で自分に課した制約です。このルールが人それぞれの価値観であり、ひいてはそれが各人の人柄となります。 いい大学に入らなければならない。人に迷惑をかけてはならない。楽してお金を手に入れようとしてはならない。一目置かれなければならない。恋人がいなければならない。人より優れていなければならない。仕事は真面目にしなければならない。人に笑われてはならない。あなたはもう無数にある自分ルールで雁字搦めです。
願望実現

せっかくの人生ですからしたいことをしようではありませんか(4/4)|vol.157

「したいことをする」「なりたい自分になる」。そこがスタートでありゴールです。その決断さえあれば、あなたはしたいことをするし、なりたい自分になります。思い描いた地点に到着できるなら、その経緯や方法などどうでもいいではありませんか。 「する」「なる」という決断を阻害するのは「そうなるとは思えない」「実現するとは信じられない」といった思いから端を発した「できるできない」の判断です。判断の前には「できない」という思いがあるということです。
願望実現

せっかくの人生ですからしたいことをしようではありませんか(3/4)|vol.156

「したいこと」のアイデアである意図、それを「する」という決断、それが「できるかできないか」という判断。意図が実現するのか、意図が願望となるのか。その分かれ目は決断と判断の順序によって決まります。 どちらも「したいこと」が意図として自然発生するまでは同じです。その後「する」と決断すれば実行に移されます。日常動作の大半は、意図の後に決断が先にあります。
願望実現

せっかくの人生ですからしたいことをしようではありませんか(2/4)|vol.155

できるかできないかは「する」と決めなければ何も始まりません。けれど、できるとわかってから「する」と決めたいのが人間です。だから人は「わかりたい」のです。この「したいこと」が実現する可能性はあるのか、いつ実現するのか、実現しそうかしなさそうか。そういったことをウジウジ思い悩んでは「する」の延期をし続けるのです。四の五の言わず「しろ」と言いたくなりますが、これが人間の思考パターンなのだから手が焼けます。
願望実現

せっかくの人生ですからしたいことをしようではありませんか(1/4)|vol.154

人生の最も豊かな過ごし方は、したいことをすることです。あなたはそのためにここにいるのですし、それ以外に何をすることがあるでしょう。ただひたすら自分のしたいことをする。一見するとそれは我儘な生き方に見えるかもしれませんが、したいことをせずにこの世を去っていくのはあまりにもったいないでしょう。もし「豊かな人生にするにはどうすればいいですか?」と人に問われれば、僕なら「あなたがしたいことをしてください」と答えます。
願望実現

愛されるよりも愛したい精神でいると万事良好|vol.153

愛されないのが苦しいのではなく、愛せないのが苦しい。人は愛せないときに苦しくなるものです。あなたにも嫌いな人の一人や二人はいるでしょう。なぜその人のことが嫌いなのかといえば、単純明快愛せないからです。もし仮に相手があなたを愛していたとしても、あなたが相手を愛していないなら、あなたはその相手のことが嫌いです。 人はつい愛されるためにはどうすればいいかと考えます。
願望実現

思考は「不幸だという思いは不快だ」などと供述しており(2/2)|vol.152

人は良い現実を体験したときに「良い現実を体験した」とは言わないし、悪い現実を体験したときに「悪い現実を体験した」とも言いません。「いい思いをした」とか「いい思い出だ」と言うし、「嫌な思いをした」とか「嫌な思い出だ」と言います。なぜなら、「思い」に対して感情を与えると現実になることを知っているからです。 ある「思い」に良い感情を与えれば「いい思い」になるし、逆もまた然りです。
願望実現

思考は「不幸だという思いは不快だ」などと供述しており(1/2)|vol.151

強い感情を伴った出来事は印象に残りやすくなります。印象に残ったことは記憶に残り、記憶が過去を作っていきます。そして、それ以外の部分は大部分が忘れ去られていきます。ここ一年を振り返ったときに、大半の現実は忘れられており、印象に残っている部分だけがごく僅かに記憶されているでしょう。 現実の大半は忘れ去られていくのです。強い感情を伴った現実だけが印象に残り記憶に刻まれます。何気ない日常という現実は確かにあったはずなのですが、なかったも同然の扱いとなります。