願望実現

願望実現

思考の基準を変える(3/4)|vol.94

一見ポジティブに見えて実はネガティブ、これには気を付けなければなりません。エゴはポジティブな振りをしてネガティブな思考を採用しようとすることがよくあるのです。「○○になりたい」は全て「今は○○ではない」の確認作業ともいえます。ポジティブに見えて実はネガティブなのです。 純粋に願える人なら全く問題ないのですが、そこに「どうやって」「どうしたら」という思考が発生する人は、素直に願う方法は適しません。
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思考の基準を変える(2/4)|vol.93

「困窮している」という思考は考えただけで気が滅入る、だからこれからは裕福だと思い込もう。これもまた大きな罠です。僕は「困窮している」という思考は気分がよくないから、その思考は持っている必要がないと言っているだけです。裕福と思い込みなさいとは言っていません。 前話「幸せのグラデーション」の終盤で述べた通り、人生も世界も現実も、存在する全てのものには境界線がありません。グラデーションであり、国境のようにくっきりと裕福と困窮が定まってはいないのです。困窮しているという思考を採用しないならば、裕福と思い込まなければならないというのは、白黒をハッキリつけようとする基準から生まれています。
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思考の基準を変える(1/4)|vol.92

現実か虚実か。可能か不可能か。人は普段そうした基準による判断に慣れ親しんでいますが、その基準はあなたの役には立たちません。判断基準を変更して新しいルールで思考を認識してみましょう。 新しい基準は、あなたの役に立つか立たないか。意味があるかないか。気分がいいか悪いかです。従来の、現実か虚実か、或いは可能か不可能かは問いません。例えば「裕福だ」と「困窮している」という二つの思考が浮かんだとします。このときに気分がいいのはどちらでしょう。
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幸せのグラデーション(4/4)|vol.91

この世を天国とするか地獄とするかは、思考を取捨選択する際の基準が深く関わってきます。あなたはただ苦しくない選択をすべきです。だから、どう転んでも苦しくならない基準で判断するといいのです。 例えば「出来る出来ない」を基準にした場合、「出来ない」にイエスがついたときに自分の能力にケチをつけなければならなくなります。
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幸せのグラデーション(3/4)|vol.90

もしあなたの思考の真偽を公平かつ完璧な第三者が行うなら、正しい真偽を知ることもできるかもしれません。しかしそれは、恐らく神の領域となるでしょう。つまり人間には正確な真偽をジャッジすることはできないということです。 人は普段、フィーリングによってジャッジを下しています。「そうだな」とか「それはないだろう」といった具合です。
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幸せのグラデーション(2/4)|vol.89

メディアで報道されるニュースは複数人の主観が入っているため、ある意味では比較的常識的な解釈と言えるかもしれません。主観が重なっていくということは、複数の違う視点が挟まるということですから、ニュースのチェック機能を果たしているといえます。もしこれが全て一人の視点によるものだったら、ただの個人的な感想です。
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幸せのグラデーション(1/4)|vol.88

現実の全てを過去扱いしてみましょう。現状を嘆く思考が浮かんだときに「前はそうだったな」といったニュアンスの返答をしてみます。そもそも、その思考が浮かんできたのは「既に知っている」から、つまりは過去に起こったことの認識だからです。思考と本当の「今」とはズレがあります。思考が認識した時点で、全てが過去の出来事と思って差し支えありません。 「前は苦しかったな」「あのときは辛かったな」「あの時期は苦労したな」「そんなときもあったな」。あなたが現状と思っているものは既に過去です。
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現実に関係なく幸せであっていい(4/4)|vol.87

何が幸せで、何が不幸せなんでしょう。非常にシンプルな答えの一つは、いい気分は幸せで、嫌な気分は不幸せです。いい気分は心地いい思考だし、嫌な気分は不快な思考です。幸せとは極論するといい気分であればそれでいいのであって、何かがあったからというのは関係がありません。 実は願望の実現と幸せは無関係なのです。幸せとはあくまでも心地いい気分であることです。
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現実に関係なく幸せであっていい(3/4)|vol.86

過去という名の記憶が積み重なるにつれて、ある出来事に対する選択肢はむしろ絞られていきます。選択するまでもなく自動的に認識が行われることが多くなっていくのです。これは、いつも同じような選択を繰り返していくうちに、選択するプロセスそのものが省かれていくためです。自動的な現実の確定が行われていると言っていいでしょう。世界が薔薇色に見える人と曇天模様に見える人の差はここにあると言っていいでしょう。
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現実に関係なく幸せであっていい(2/4)|vol.85

嫌な気分になる思考が、嫌な出来事という認識となり、嫌な現実が起こったと捉えられるのです。そして嫌な現実は嫌な思い出として記憶に刻まれていくことになります。なんとも皮肉な話です。逆に、いい気分を引き出した思考は嫌な気分になる思考ほどは印象に残りません。一日のうちで気分のいい瞬間もあったはずなのですが、それよりもインパクトの強い嫌な出来事があると記憶が上書きされてしまうのです。