人生のコントロールをやめる(3/4)|vol.118

願望実現

あなたは本来魔法の絨毯のような車を自分で運転しようとしているし、自分で運転しているつもりになっています。なんとも滑稽ではないでしょうか。あなたは自分が乗っている車を神様が運転しているとしても、自分で運転しようとするでしょうか。もちろんそれもあなたの自由ではあります。

しかし、神様に運転をお願いしておけば、あなたは行き先を告げるだけで目的地まで連れていってもらえます。一方、自分で運転したい場合はナビがありません。目的地に辿り着けるのかは不明だし、今走っている道の方向さえわかりません。

自分で運転するからブレーキを踏んだり、クラッチを切ったりして進むことを止めてしまうのです。余計なことをせず任せておけば良かったのです。そもそも「できるかできないか」という判断は自分でコントロールしようとするから生まれる発想なのです。

あなたの領域にあるのは、最初の「したいかしたくないか」と、最終的なゴーサインである「するかしないか」です。そこを勘違いして自分でコントロールして目的地へ辿り着こうとすると、その中間に「できるかできないか」が発生するというわけです。

最初の「したいかしたくないか」で目的地を決め、最後の「するかしないか」でそこに行くことを決めました。中間に生まれた「できるかできないか」は、要するに自分の運転で行けるかどうかということです。裏を返せば、自力で辿り着く自信があるかないかの判断をしているといえます。

あなたは一生乗り放題のタクシーで人生を駆け回っています。タクシーに乗ったらどうするでしょうか。「どこどこへ行って下さい」と告げるでしょう。この瞬間に「したいかしたくないか」と「するかしないか」を両方とも決めています。「どこどこへ」は「したい」、「行って下さい」は「する」。

願望の注文というのはそれほど簡単なものなのです。目的地を言い、行って下さいと言う。とてもシンプルでしょう。心配しなくても大丈夫です。あなたが乗っているタクシーの運転手はもしかすると見えないかもしれません。しかし、そのタクシーは神様が運転しています。

もちろんあなたを安全に目的地まで連れていってくれます。下手に自分が運転しない方がいいのです。自分が運転しても神様に運転を委ねても目的地は同じです。目的地が同じなら、あなたは目的地に着くまで車窓を流れていく景色を楽しめばいいではありませんか。あなたは一生、旅の途中なのですから、その瞬間瞬間の景色を楽しめばいいのです。

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