幸せのグラデーション(1/4)|vol.88

願望実現

現実の全てを過去扱いしてみましょう。現状を嘆く思考が浮かんだときに「前はそうだったな」といったニュアンスの返答をしてみます。そもそも、その思考が浮かんできたのは「既に知っている」から、つまりは過去に起こったことの認識だからです。思考と本当の「今」とはズレがあります。思考が認識した時点で、全てが過去の出来事と思って差し支えありません。

「前は苦しかったな」「あのときは辛かったな」「あの時期は苦労したな」「そんなときもあったな」。あなたが現状と思っているものは既に過去です。ですから現状を過去扱いするのは間違いではないのです。

現実と認識された時点で既に起こったこと、既にあったことですから、もう終わったことであると言えます。あなたが現実をどんなに苦しいものだと認識していたとしても、それはもう終わったことなのです。

あなたの現実は既に終わったことですから、今は違うということです。あなたの認識をもってその現実は終了です。そういった意味では、現実は創られていくというより、その都度認識によって完結され保存されていくものです。

あなたが認識した全てのことはもう終わったことですから、現状を変えたいというのは終わったことを変えたいというのと同義です。思考はいつでも後付けなのです。なにかの現実が起こる。何が起こったのかを確認する。事実を吟味し伝える。これはメディアの報道によく似てます。思考は事実を述べているのではなく、起こったことに対する印象を報じているのです。

思考はあくまでも後付けの解釈であることを覚えておくといいでしょう。思考が発生するのは必ず映像を見た後なのです。一つ確実に言えることは、思考が報じている時点でその事象は既に終わっているということです。思考は事実を述べているのではなく、事後に追認を行っているといった方がいいでしょう。

同じ出来事のニュースが、報じる新聞社やテレビなどによって見解が異なることはよくあります。取材する者、編集する者、報じる者、解説する者、それぞれの主観が入り込むためです。歴史的な事件はもとより、近代の事件に関しても複数の説があることは珍しくありません。

そういった意味では、恐らく真実の報道というのは皆無なのでしょう。もしあるとすれば、あなた自身が目撃したものに限られます。ニュースが何重にも主観が重なった形で報じられていることは理屈で理解できたと思います。では、あなたの現実はどう報じられているでしょうか。

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