あなたが不幸せと感じるのも貧しいと感じるのも比較対象がいるから可能なことです。あなたが不幸せだと感じるためには幸せな人が必要だし、貧しいと感じるためには豊かな人が必要です。よって、あなたの世界には幸せな人も豊かな人も存在します。
世界が貧しいのではありません。「自分視点から見た世界」が貧しいのです。逆に言えば、「自分の」とか「自分が」といった「自分」の概念が外れたら世界が幸せであるとか、豊かだといった認識を否定できなくなります。「自分」というのもまた個別案件というわけです。
個別案件はエゴの格好の餌です。それを根拠に認識への抵抗を行います。逆に言えば、個別案件という例外がなければ、エゴは抵抗することができなくなります。例えば「世界は幸せな場所だ」と認識しようとしたとします。そこでエゴは「いやいや。世界には不幸な人がたくさんいる。例えば…」という個別案件を持ち出して否定しますが、そんなことを言い出したらキリがありません。
世界中の幸せな人と不幸せな人の比率が逆転するまで世界が幸せであることは認めないとでも言うのでしょうか。そもそも、そんなことをどうやって確認すればいいのでしょう。
エゴの主張は一見すると現実的に見えますが、実際には極めて非現実的なのです。「自分」を含めた個別案件を根拠とした主張は全て無意味です。言い出したらキリがないし、目の届く範囲が極めて限定されている以上、確かめようがありません。
ここでウルトラCを伝授しましょう。「自分の幸せを諦める」。これがあなたのやるべきことです。「自分の幸せを諦めよう」。どう感じたでしょう。きっと悲壮感が漂ったでしょう。「絶対に嫌だ」という抵抗が生じたでしょう。
実は「自分の幸せを諦める」という主張に対して起こった抵抗の強さは、あなたの「私は不幸せだ」という認識の強さと同じです。あなたが「私は不幸せだ」と思っていればいるほど幸せを諦めることへの抵抗は強くなります。


