他人の幸せを願ってみる(4/4)|vol.79

願望実現

あなたが幸せだから他人も幸せなのです。あなたが幸せであれば、他人の幸せを認めることができます。そうすると他人は晴れてあなたのお墨付きをもらって幸せになることができるのです。全ては、あなたが幸せであれば万事解決なのです。あなたの世界を幸せな場所にするかどうかはあなたに懸かっています。

自分が愛されるために自分以外を愛すと、世界が愛に包まれます。自分は愛の世界に身を置くことになり、自分は世界から愛されます。さて、中間部分を飛ばして最初と最後だけを見てみましょう。

「自分が愛されるために自分以外を愛すと、自分は世界から愛されます」

結果的には、自分以外に向けたあなたの愛が、あなたに返ってきているだけです。そうであれば、自分以外を愛すというプロセスを省いて最初から自分を愛しても同じことです。というよりも、その方が手っ取り早いではありませんか。

愛すのなら自分を愛しても自分以外を愛しても、「自分が愛される」という結果に変わりはないのです。その仕組みを利用したのが自愛のメソッドというわけです。自分以外を愛すことによって自分が愛に包まれる手法は、自分以外を媒介するという点で間接的な方法と言えます。その一方、自分以外を媒介せずに手っ取り早く直接自分を愛すのが自愛というわけです。

その人の幸せはあなた次第です。あなたが「あの人は幸せだ」と認識すればその人は幸せな人だし、あなたが「あの人は不幸せだ」と認識すればその人は不幸せな人となります。他人の幸せ、不幸せはあなたが決めています。勝手に認識していると言った方が適切です。隣の芝は青いとはよく言ったものです。

そのようにして、他人の幸せがあなたの認識に左右されるように、あなたの幸せもまたあなたの認識に左右されます。結局は矛先がどこに向いていようと、幸せと不幸せは自分の認識でしかないのです。

他人を愛したり他人の幸せを認めることで、自分が愛に包まれたり幸せに包まれたりする間接方式。もちろんこれにも効果はあります。一方、自分以外を媒介させるという面倒な手順を踏まずに、直接自分を愛したり幸せにしたりするのが直結方式。結果はどちらも「自分が愛される」です。愛すことや幸せを認めることは対象がどこに向いていても有効なのです。

他人に向いていれば間接方式だし、自分に向いていれば直結方式になるというだけで、どちらか一方に絞らなければならないわけではありません。「愛してる」「幸せだ」と単語で内語すると、対象がどこかに向いているわけでもなく、肯定でも否定でもなくなります。その「愛してる」「幸せだ」という単語をただ認識する。非常にシンプルで簡単な方法の一つです。

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