あなたの現実が「不平等で、ときに理不尽なことが起こる」ものであるならば、あなたは現実を「不平等で、ときに理不尽なことが起こるもの」と設定しています。あなたは現実がどのようなものであるかを定義付けているし、あなた以外に定義付けられる者はいません。
この世界がどのようなものであるかを定義付けるときに、多くの人がこの世界のマイナス面に着目してしまいます。ニュースを観ても悲劇的な事件が多く報道されている気がしないでしょうか。なぜなら、世の中のマイナス面や悲劇的なことはインパクトがあるからです。
ある意味、こうした世界のマイナス面は刺激的であるということです。これは全国的なニュースでも、身の周りのニュースでも同じです。知り合いの家で子猫が生まれたというニュースと、知り合いの奥さんが交通事故を起こしたというニュース、どちらの方がインパクトがあり印象に残るでしょう。先ほど言った通り、悲劇的なことは刺激が強いのです。
もう少し掘り下げてみましょう。なぜ悲劇的なことが刺激的に映るのでしょうか。それは、あなたの世界が基本的に平和であるからです。平和な世界で平和なニュースを聞いても印象に残らないのは無理もありません。平和な世界で悲劇的なニュースを聞くからインパクトがあるのです。
平和や平穏は甘美です。その一方で退屈でもあります。幸せもまた甘美です。けれどそればかりでは飽きがきます。人は世知辛い世の中で甘美なものを求めようとします。しかし、甘美なものが手に入り続けたら、今度は甘いものばかりで飽きてしまうのです。ピリッとスパイスの効いた刺激が欲しくなります。甘さも辛さも人生のスパイスです。どちらか一方だけでは、飽きてしまったり嫌になったりするものなのです。幸福もあっていいし、不幸もあっていいのです。
幸福しか味わいたくないという姿勢は、あなたの人生にいい影響は与えません。一見するとそれはパラダイスのような人生に映るかもしれませんが、言い方を変えればそれは一生チョコレートを食べ続けるようなもので、どこかで必ず飽きがきて塩辛いものを欲しくなります。甘くても辛くても美味しければそれでいいのです。

