常識を覆すのは自分一人でできること|vol.138

願望実現

誰もが自分の考えの中で生きています。その「考えの枠組」があなたの常識であり、あなたのルールとなります。その枠組から逸脱した他人を見るとあなたは反発して白い目で見るし、あなたもまた自分が設定した「考えの枠組」から逸脱しないように生きていきようとします。

「常識を打ち破る」というセリフは一見すると格好いいのですが、実はなんのことはありません。「自分の枠組を破る」だけなのです。「私の常識」はあなたの中でしか通用しません。その「私の常識」を覆すだけなのです。

常識を覆したとされる人は、あなたの中では偉人に見えるかもしれません。しかしその人にとってみれば、単に「私の常識」から抜け出しただけなのです。自分の枠組を打ち破ってはならないという決まりはどこにもありません。むしろ、自分だけで完結する話です。

あなたにとって常識内か常識外かだけの話です。現実か机上の空論かという言い方でもいいし、現実か空想かでもいいでしょう。ある考えが浮かんだときに、それが現実か空想かを決めているものがどこかにあるはずです。例えば「これからも苦しい生活が続くだろう」と「これから生活は楽になっていくだろう」という二通りの考えが浮かんだとします。

このとき、どちらかが現実でどちらかが空想となるわけですが、それらは自分でも分類している意識すらないでしょう。なぜそちらを現実とし、そちらを空想としたのか。先程の例ではどちらも未来の話をしているのですから、それらはまだ起こっていません。

起こっていないが故にどちらを現実としてもいいはずなのに、どちらかというと不穏な未来の方を現実として選ぶ場合が多いのではないでしょうか。ポジティブな未来を選ぶべきだ、ネガティブな未来を選ぶべきではないという話ではありません。ポジティブ思考で優れていて、ネガティブ思考が劣っているという話でもありません。

何を現実とし、何を空想とするのか。それはどのように区別されるのか。現実を現実たらしめているもの、空想を空想たらしめているものは何か。なにを根拠にそれを現実とし、それを空想としているのかです。

一日のうちに数限りない考えが浮かびます。それらをあなたは逐一現実と空想に振り分けたりしてはいないはずです。自然と現実と思われるものをピックアップしています。ピックアップされた現実のワンシーンを繋げてストーリに仕立て、あなたの現実は出来上がっているのです。

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