チャンスの芽を摘む「可能性を封じ込める癖」(3/3)|vol.137

願望実現

人は生きてきた年月が重なるほど不自由になっていきます。不自由さの原因は積み重なった常識や暗黙の了解です。ルールや美学といったものは、増えることはあっても減ることは滅多にありません。あなたの生き方は、いつしか分厚いルールブックによって雁字搦めになったのです。

この不自由さがあらゆる可能性を狭めていきます。なにかことを起こそうとしても、最初から「難しいだろう」とか「無理だろう」といった否定が発生して不可能性を語り始めてしまいます。しかし、可能性は子どもの特権だというのはナンセンスです。可能性あるいはチャンスと言い換えてもいいのですが、チャンスは子どもだけのものでしょうか?チャンスは誰にでも平等です。大人だからとか、子どもだからとかといったことは関係ありません。

それでも、子どもは可能性に満ちチャンスが充満しているように見えます。逆に、自分の可能性は低い水準に保たれ、チャンスは滅多にないように見えます。なぜそのように見えるかというと答えは単純です。あなたがそのようなルールに則って世界を見ているからです。つまり、そのような世界の見え方の秘密は、単にあなたがそのような見方をルールにしているからなのです。

世界が不平等なのも、チャンスが僅かしかないのも、正直者がバカを見るのも、全てはあなたが設定したこの世のルールです。けれども、あなたはこの理論を否定するでしょう。なぜなら、同じように感じて、同じように愚痴っている他人をあなたは知っているからです。あなたが「世の中はどうしてこんなに不公平なんだろう」と嘆けば、「本当にその通りだ。この前も…」なんていう風に、あなたに同意し共感する友人が何人かいるでしょう。

けれども、あなたの世界の不平等さは、あくまでもあなたが設定したに過ぎません。なぜあなたの周りには、同じように世界の不平等さを嘆くものが存在するのでしょうか。それは単純明快に、あなたの設定に沿った世界が展開するからです。

つまり、あなたの意見に同意する者たちは、あなたの設定に沿って現れているに過ぎません。「類は友を呼ぶ」というのは偶然ではないのです。あなたの設定に沿った者が現れるのですから、あなたと似たような意見を持つ者が身近にいるのは当然の結果というわけです。その設定をあなたがどのように変更するかなのです。

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