過去と未来とは、つまり記憶と予測です。例えば「職場を解雇された」という出来事があったとしましょう。そのとき「収入の道が絶たれた」と記憶したのか、「新しい道に進める」と記憶したのかで過去という観測点は全く違ったものとなります。
過去という観測点によって、当然未来という観測点もまた全く違ったものとなります。「収入の道が絶たれた」という過去ならば、未来は「お先真っ暗で不安だ」と予測されるでしょうし、「新しい道に進める」という過去ならば、未来は「これから何が待っているかが楽しみだ」と予測されるでしょう。
基準となる二点は動かないものでなくてはならないのですが、その二点がゆらゆらと揺らめいては現在地もなにもあったものではないでしょう。そして、人生の現在地が信用できないいちばんの理由は、人生には地図もコンパスもないという点です。
実際のクロスベアリング法では地図とコンパスが必須です。その上で信頼できる二点を観測して初めて現在地を把握できます。ところが人生には地図もなければコンパスもありません。地図上に落とし込むことすらできないのですから、そもそも現在地の把握など不可能なのです。
地図もない。コンパスもない。観測できそうな二点はありますが、その二点はそのときの気分次第で姿を変えてしまう。人生の現在地は把握できるような代物ではないのです。それでも人は自分の現状をそれとなく把握しています。正確には過去と未来に挟まれた現在という形で、把握しているような気になっているのです。
あなたが把握していると思っている現在地は、過去と未来に挟まれた「現在」です。「今」と「現在」は同じように見えて全く別物です。時の流れを過去・現在・未来と表すように、時間軸が含まれているか否かが「今」と「現在」の違いとなります。過去と未来を基準点としたクロスベアリング法で導き出されたのが「現在」、絶対的な一点の基準点が「今」といえるでしょう。


