実現したければ努力はしない方がいいよ|vol.169

願望実現

「これがしたい」という意図に対して、結果を想像することはアクセルであり、方法を想像することはブレーキです。これは一般的には逆だと思われるかもしれません。結果を想像してニタニタしたところで所詮は空想に耽っているだけではないかと思うでしょうし、方法がわからなければ動きようがないのだから方法を考えることが重要だと思うでしょう。実現してもいないのに実現したビジョンを想像することにどこか虚しささえ感じるし、それならば少しでも実現に近付くために方法を考えた方がいいように思えます。しかし、その常識が逆だったのです。

方法を考えるほどブレーキがかけられ、結果を考えるほどアクセルが踏まれます。理由は意外と単純で、方法を考えるのは方法が見つかっていないからという当たり前の理由からです。方法が見つかっていないため、実現はその場から一歩も動かず停滞してしまうことになります。そして恐ろしいことに、この停滞は方法が見つかるまで延々と続いてしまうのです。願望が中々叶わない、一歩も進んでいないと感じる原因がそれです。

願望を実現したいのなら、方法を探るのをやめましょうということです。けれど、これに抵抗する勢力があなたの中に存在します。方法を見つけようとしないことは、裏を返せば何もしないことになるからです。願望を叶えようとするとき、それに向けて努力することは常識のように語られます。努力し正しい方法を見つけて辿り着く、そうしなければ実現しないとすら思えます。

しかし、そもそも実現するための努力とは何なんでしょう?努力とは何をすることなのでしょう。実現に向けて一所懸命頑張ることを努力というのでしょうか。では何を一所懸命頑張ればいいのでしょう。確かに方法がわかっているのなら、その方法を一所懸命やってみるといいでしょう。けれど大半の願望は違います。何を頑張ればいいのか見当もつかないまま努力しようとするのです。要するに努力の仕方がわからないというわけです。

実現のために努力すると言うのは簡単です。問題は具体的に何をすればいいのかわかっていないことです。そもそも願望が実現していないのは、方法を探すというブレーキをかけ続けているせいです。努力とはつまり、実現への道筋が見つからない中でそれを必死に探すことですが、それ自体がブレーキをかける行為であることに気付いていません。努力といえば聞こえはいいのですが、実態は必死にブレーキをかけているのと同じです。そんなバカなと思うかもしれませんが、実現したければ努力はするなということです。

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