通常、僕たちが感じている「今の状態」や現状といったものは、結局のところ過去すなわち因果関係から、最もふさわしいと思われる考えを掴んだものです。
本来「今」は白紙で何を描いてもいいのです。どの瞬間も既に絵が描かれているように見えるかもしれませんが、全てはその瞬間に瞬時に描かれた絵です。因果関係が白紙のキャンバスに絵を描いてしまっています。つまり、あなたが見ている「現在」の景色は因果関係から自動的に描かれた架空の絵なのです。
あなたが「今」と思って見ている映像は、常に「因果関係」という題名なのです。因果関係とは過去と同義と考えて差し支えありません。そして過去とはつまり記憶です。無数の記憶から、あなたが因果関係があると見出したものをピックアップしたのが「現在」なのです。
一般的な感覚での「今」とは「過去」から創り出された映画です。過去を投射したものを観ているといっていいでしょう。本来は白いキャンバス、あるいは白いスクリーンなのですが、そこに因果関係という絵や映像を瞬時に映し出しているのです。現実を変えたいならば過去を変えることです。そもそも「今」という瞬間に因果関係が投影されているのですから、因果関係を変えれば「今」の映像が変わるのです。
しかし、人は過去を変えることに慣れていないし、それどころか過去を変えることはできないと思っています。先ほどから言っている通り「今」投影されているのは因果関係という映像です。
過去の出来事自体は変わらないかもしれませんが、過去から抽出された因果関係なら変えられるでしょう。過去からは様々な副産物が抽出されるのですが、因果関係もその一つです。あるいは経験則や常識といったものも過去から抽出される副産物の一つです。
過去から生まれた副産物は、例えば常識や暗黙の了解、傾向や思い込み、可能性と不可能性、原因と結果の法則、因果関係などといったものがあります。あるいは、そこから派生した予測や推測といったものも含まれます。
過去は記憶で成り立っていますが、記憶から得られる副産物は過去と未来に関することなのです。ああいうことがあったから今はこうだ、今はこうだから未来はこうだといった具合に、記憶から時間の流れが生成されているのです。

