人生の最も豊かな過ごし方は、したいことをすることです。あなたはそのためにここにいるのですし、それ以外に何をすることがあるでしょう。ただひたすら自分のしたいことをする。一見するとそれは我儘な生き方に見えるかもしれませんが、したいことをせずにこの世を去っていくのはあまりにもったいないでしょう。もし「豊かな人生にするにはどうすればいいですか?」と人に問われれば、僕なら「あなたがしたいことをしてください」と答えます。
その僕の答えには恐らく追加の質問が投げかけられます。「どうすればしたいことができるのですか?」と。しかし、この質問が出た時点でもうしたいことはできません。「どうすれば」ではなく「する」のです。したいことを強気にする、コツらしいコツはそれだけです。
あなたの「したいことをする」を阻むものは、「できるかできないかわからない」という躊躇のブレーキだけです。それに対する一つの処方箋は「できるかできないかわからなくていい」という、ある種の開き直りです。さらに「わからなくていいし、そもそもわからない」も処方しておきましょう。それを処方されたあなたが「わからないけど、すると決めた」と決意すれば寛解です。
できるかできないかわからないから何だというのでしょう。それが、あなたの「したいことをする」を止める理由にしてはならないのです。ところが、「できるかできないかわからない」から「する」を選択できないのが願望を持っている人間です。「できるかできないかわからない」から「やらない」というわけです。それはあまりにもったいない話ではありませんか。だってあなたは「したいことをする」ためにここにいるのですから。
願望を持っているときというのは、「したいこと」があるのに「できるかできないかわからない」を理由に「やらない」を選択し続けている状態といえます。願望は実現しないのではありません。自分の意志で実現させていないのです。

