愛されないのが苦しいのではなく、愛せないのが苦しい。人は愛せないときに苦しくなるものです。あなたにも嫌いな人の一人や二人はいるでしょう。なぜその人のことが嫌いなのかといえば、単純明快愛せないからです。もし仮に相手があなたを愛していたとしても、あなたが相手を愛していないなら、あなたはその相手のことが嫌いです。
人はつい愛されるためにはどうすればいいかと考えます。それが逆なのです。愛するためにはどうすればいいかを考えればよかったということです。多くの人が愛されないことに苦しみを感じると考えます。人でも出来事でも、自分が愛されていないと感じると心が痛くなるでしょう。しかし、真実は逆です。愛されていないと感じることによって、愛せないのが苦しいのです。俺は愛すからお前も愛せ、お前が愛さないなら俺は愛さない。端的に言えばそういうことです。
優しく接してくれる人と、意地悪な人。あなたはどちらに好意を持つでしょう。大半の人は意地悪な人に好意は持たないと思います。その人が意地悪だからその人との関係が苦しいものになるのではありません。意地悪であるが故に、その人を愛せないから苦しいのです。
愛せないことは苦しいことです。その最大の被害者になりうるのは自分自身です。自分を愛せなければ、何を手に入れたとしても、何を成し遂げたとしても人生は苦しくなります。富も名声も手に入れた者でも、自死を選ぶというケースをあなたも一つぐらい知っているでしょう。
周囲の人がその人を見て想像する客観的な幸せと、その人自身が感じている主観的な幸せはまるで関係がないのです。愛しているとき、その相手との関係性は良好でしょう。では自分を愛しているとき、あなたの人生はどんな状況にあるでしょうか。自分との関係性が良好なわけですから、自分に不満がないということになります。それこそ万事良好ではないでしょうか。

