強い感情を伴った出来事は印象に残りやすくなります。印象に残ったことは記憶に残り、記憶が過去を作っていきます。そして、それ以外の部分は大部分が忘れ去られていきます。ここ一年を振り返ったときに、大半の現実は忘れられており、印象に残っている部分だけがごく僅かに記憶されているでしょう。
現実の大半は忘れ去られていくのです。強い感情を伴った現実だけが印象に残り記憶に刻まれます。何気ない日常という現実は確かにあったはずなのですが、なかったも同然の扱いとなります。覚えていないけれど確かにあった。確かにあったけれど覚えていないのです。
感情を伴うとは具体的に何でしょう。ごくシンプルに言えば、愛情を感じたか嫌悪を感じたかです。愛情溢れる光景や親切心に満ちた場面を見たり聞いたりすると、心がじんわりと温かくなるでしょう。思いがけず涙が溢れることもあるかもしれません。逆に、自分が大切にしているものを傷つけられたりした場合は、怒りや憎しみといった嫌悪の感情を感じるでしょう。
愛情にしても嫌悪にしても、そうして感情を伴ったことは印象に残るし、感情を伴わないことは印象に残りません。もっと言えば、印象に残ったことは現実として記憶に刻まれるし、印象に残らなかったことは忘れ去られ、現実として存在しないも同然となります。印象に残れば現実、印象に残らなければ忘却の彼方です。
これを願望実現に応用していきましょう。愛情もしくは嫌悪といった感情を伴った出来事は現実として刻まれるのですから、願望に愛情が伴えば現実となるということです。「思い」とは勝手に溢れてくる「現実」のことです。このときに伴った感情が良いものであれば良い現実となり、嫌な感情であれば嫌な現実となります。
現実とは結局、どんな思いに対して感情が伴ったか、伴ったならどんな感情かで出来上がっています。嫌な現実があるなら、そこには嫌な感情が必ずあります。もしそれを解放することができるなら、その現実はなかったことになるのです。
なかったことになるというと語弊があるかもしれません。あったけれど印象にも記憶にも残っていない。あったような、ないようなものになるという方が正しいでしょう。思いに伴う感情は二つしかありません。愛情か嫌悪かです。嫌な現実は嫌悪が伴ったこと、良い現実は愛情が伴ったこと。現実の良し悪しはそのように決まったものなのです。

