あなたの思考は誰のものでしょう。あたかも人は思考が自分のものであるかのように振る舞います。しかし、果たしてそうでしょうか。本当に自分が考えているのでしょうか。
思考が人生を左右することは、なんとなく気付いていることと思います。あなたがどんな行動をするかも、どんな言動をするかも、人生の岐路でどんな選択をするかも決めているのは思考です。こうした行動、言動、選択の結果、なにが起こったか、それはどういった意味合いか、それは自分にとって問題があるのかないのか、問題があるとすれば解決方法はあるのか、それによって今後起こり得そうなことはなにか、そういったことを判断するのもまた思考です。
そうして出来上がった点々とした出来事を紡ぎ、人生のストーリーとして語るのもまた思考です。あなたもこれまでの半生を語ることができるでしょう。そう考えると人生は頭の中だけで起こっていることなのです。
さて話を戻しますが、人生が頭の中だけで起こっていることであるならば、思考は誰のものでしょう?本当にあなたが考えているのでしょうか。恐らく大半の人にとっては「自分の思考」を疑うといわれても意味すらわからないのではないかと思います。それほど「自分が考えている」という感覚は根強くあなたの中にあるでしょう。
あなたが今考えていることを遡ると、どこかの時点にそのことを考える契機があったはずです。あなたが今なにかの問題について考えているなら、問題と判断した何らかの出来事があったはずです。問題を解決するときに、できる限り遡って考えてみるというのは王道の方法です。例えばそれが事故であれば、その事故が起こる前まで遡って原因を特定するというやり方です。
あなたが今考えていることの契機はどこにあったのでしょう。そもそも契機と見做している出来事の判断に間違いはないのでしょうか。そうして、今の思考を遡って、その思考の発端となった原点を探していってみましょう。その原点もまた思考であることに気付けるはずです。
「こういうことが起こった」というのが既に思考です。出来事が起こったのではありません。自分が見ている景色の中になにか変化があり、その変化を「出来事が起こった」と思考しているのです。結局この世界で起こることは、やはり全て思考の中でしか起こっていないのです。

