「○○したい」と思った時点では願望ではありません。単に「したいことリスト」に加わっただけです。水を飲む、トイレへ行く、何かを食べるといった日常動作は、大半の場合「したいことリスト」に加えたら方法を模索することは皆無でしょう。することといえば、せいぜいどの順番で行うかを決めるぐらいです。しかし、一般に願望と呼ばれるものはそうではありません。「したいことリスト」に加えられてから方法を模索し、いつ実現するかとヤキモキします。
この両者の違いは、「したいことリスト」に加わってから方法を模索するか否かだけの違いです。方法を模索しなければ「したいことリスト」に加わって順番待ちするだけだし、方法を模索したら「願望リスト」に加わって保留されるということです。
簡単に言えば、「したいことリスト」に加わったものが「考えるまでもなくできる」なら「したいことリスト」に留まったままだし、「努力しなければできない」なら「願望リスト」に加わるということになります。
極端な話に聞こえるかもしれませんが「水を飲む」も「一億円を手に入れる」も最初は同じ「したいことリスト」に入ります。信じ難いかもしれませんが「したいことリスト」に入った時点では両者の実現可能性に差はないのです。
これらに「できない」という前提が加わらなければ、そのまま「したいことリスト」に留まり、あとは順次実現していくことになります。その一方で、もし「できない」という前提が加わると「願望リスト」に移動することになります。この「願望リスト」に入ってしまうと、「できない理由」が無くならない限り「したいことリスト」に戻ることはありません。つまりは実現の保留が延々と続くことになるのです。
願望実現の鍵は、願望に対して「何も思わないこと」です。「したいことリスト」には例えばこういうものが入るでしょう。水を飲む、歯を磨く、トイレに行く、お風呂に入る、ごはんを食べる。実現したいと思っていることという意味では、これらも願望です。
これらの動作については「できるかできないか」「楽しみかどうか」「できなかったらどうしようか」といった思いは除外されているでしょう。これらの願望が思い浮かんだときには「特段なんとも思わない」という感想が最も近い表現になるのではないでしょうか。
特段なんとも思っていないので、特別なことという意識もありません。逆に言えば、特別なことではないから簡単に実現するのです。一方で、「したいことリスト」から外れて「願望リスト」入りしたものたちは、もれなく「特別なこと」という意識がセットされます。
「どうすれば実現するのか」「実現には何が足りないのか」「実現しない原因はなんだろう」「実現しなかったらどうしよう」といった具合です。「特段なんとも思わない」ことができないものたちと言い替えてもいいでしょう。
この現象をシンプルに表現すれば、「特別なことじゃないからできるし、特別なことだからできない」ということです。つまり、願望実現の鍵は「特別感の排除」にあります。要は願望が実現することを「特別なこと」にしなければいいのです。

