本来、願望実現の段階は「したいかしたくないか」と「するかしないか」の二段階です。しかし、エゴの視点から見た場合には、この二段階の間に「できるできない」が追加された三段階になります。しかも、この三段階のうち本来は不要であるはずの「できるできない」が最重要項目のように扱われます。これでは願望実現が上手くいかないのも頷けるでしょう。
願望実現という言葉をよく見てください。願望実現を分解すると「願望」と「実現」です。願望は「したいかしたくないか」、実現は「するかしないか」。どこからどう見ても二段階なのです。願望実現という言葉自体が、それを如実に物語っているでしょう。
なぜ願望実現に本来不要であるはずの「できるできない」という段階が追加されてしまうのかというと、それがエゴの仕事だからです。なにもしなければ願望実現は「したいからする」「したいけどしない」「したくないけどする」「したくないからしない」の四択で済むのですが、そこに「できるかできないか」のクッションを入れて複雑にしてしまうのがエゴの習性です。このクッションが挟まることによって、願望実現にストップがかかります。
これを車で例えてみましょう。まず願望実現の原動力があるでしょう。最初の「したいかしたくないか」という第一段階です。これは車で例えるとエンジンに当たります。「したい」となればエンジンをかけるし、「したくない」ならエンジンはかけません。
次の二段階目である「するかしないか」は実際に動くことを担っているわけですから、車で例えるとタイヤに当たります。「したい」とエンジンをかけ、それを原動力として「する」とタイヤを動かして路面を蹴り目的地に到着するというわけです。
願望実現は本来ならそれで完結しているのですが、エゴの視点だとエンジンとタイヤの間に「できるかできないか」が挟まれます。これはマニュアル車のクラッチといえます。「できない」という判断はクラッチを切った状態です。その状態ではエンジンの動力とタイヤが繋がっていないので、いくらエンジンをふかしても動力はタイヤに伝わりません。
どれだけ強く「したい」と思っても、タイヤは一ミリも動いてくれず車は前進しないのです。あなたがどれだけ真剣に願っても、クラッチが切れていれば目的地に到着することはありません。思いの強さはエンジンの回転数だとすれば、燃料は減り、エンジンに支障をきたします。強い願望で疲弊してしまう、あるいは壊れてしまう理由がわかるのではないでしょうか。


