微細な現実(2/4)|vol.61

願望実現

あなたが現実と呼んでいるものを大袈裟にいうと、宇宙全体からあなたの五感が認識できない部分を大幅にカットした超ダイジェスト版なのです。宇宙から見ればあなたの身の回りで起こっていることなどミクロな出来事ですが、そのミクロな世界でああでもないこうでもないと大騒ぎしているのが人間です。

これを理論で語ると難しく感じるかもしれません。ですから、自分が現実と思っているものはごく限られた範囲内で、さらに言語化可能な範囲内のものに限定されているとわかっていれば良いです。あなたのいう現実とは、およそ現実と呼ぶには限定的すぎる代物だったのです。

思考はあたかも現実の全てを知っているかのように振る舞いますが、それはとんでもない誤解です。ごく一部の、更にほんの微細な部分しか言語化できていません。言語化の限界によって、そうならざるを得ないというのが正確でしょう。

あなたはどこにいるでしょうか。あなたがいる場所をどんどん拡大していってみましょう。それはこんな具合です。あなたは自分の家にいます。その家がある町があります。その町がある地方があります。その地方がある国があります。その国は世界の国々の一つです。世界の国々は地球の中にあります。地球は太陽系の中にあります。太陽系は天の川銀河の端っこにあります。天の川銀河は宇宙の中にる無数の銀河の1つです。

そうして、あなたがいる場所をどんどん拡大していくと果ては宇宙となるわけですが、通常あなたは自分が宇宙の中にいるとはあまり考えません。拡大してもせいぜい国、或いは地球というレベルで留まります。宇宙全体で起こっていることのうち、あなたの身の回りで起こることなどごく微細です。微細というより、あってないようなものです。あなたは自分の身の回りの限定的なことしか知りません。隣の家で夕食のときにお皿が割れたことすら知らないのです。

そんな極めて限られた範囲のことを言語化したところで何がわかるというのでしょう。実はなにもわからないし、なにもわかっていないのです。なにもわかっていないのですが、わかっているような振りをしているのが思考です。

思考とはつまり勝手な想像です。それと同時に勝手な創造でもあります。願望を実現する方法において認識の変更というキーワードがありますが、そもそも認識とは何かというと映像の言語化のことを指します。簡単にいえば映像を思考として扱えるように言語化することが認識なのです。

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