眠りの世界へと入る前の束の間、あなたは寝室のベッドの上で物思いに耽ります。あなたが視界で捉えているのは寝室の天井だけです。様々な思いが浮かんでは消えていくでしょう。今日あったこと、昨日あったこと、明日ありそうなこと、近い将来に起こりそうなこと。こうなってほしいと思うこと、こうはなってほしくないと思うこと。あなたの想像がどれだけ様々な時間軸を旅しても、あなたの視界には相変わらず寝室の天井が見えるだけです。
もしあなたが、目に映るものをありのままに見ているなら、今この瞬間に見えているものだけを純粋に見ているなら、あなたの頭には「寝室の天井」しか浮かばないはずなのです。けれども寝室の天井はむしろ思考の隅に追いやられていて、寝室の天井とは全く無関係な思考が行き交うでしょう。
あなたは世界をリアルタイムでありのままになど見てはいないのです。先ほどの例でいえば、寝室の天井以外の思考は、どんなものであっても単なる憶測であり妄想です。リアルタイムで見えているものは寝室の天井であって、嫌いなアイツでもなければ愛しのあのコでもないし、支払いを促す督促状でも憤慨している顧客でもないのです。
見えているものとは無関係な思考をしているとき、先ほどの例で言えば、寝室の天井以外のことを考えているとき、正にその瞬間にその現実が創られているのです。大事なことなのでもう一度言っておきます。今この瞬間に見えているものを無視して、無関係な思考をしているとき、それについての現実が着々と創られているのです。
この場面の場合、あなたが今見えている寝室の天井に意識を集中することができれば、勝手に不本意な現実が創られることはありません。一方、寝室の天井に意識が向いておらず、無関係な思考に夢中になればそれについての現実が創られます。今という瞬間に集中していないときほど勝手に現実が創られていくのです。
瞑想でもマインドフルネスでもいいのですが、思考を止めて今に集中せよといわれるのは、無意識のうちに勝手に現実を創らせないためです。無意識のうちに創られた現実は、大抵の場合ロクなものになりません。そして人は言うのです。「私の現実はどうしてこうなんだろう」と。一応、突っ込んでおきましょうか。いやいや、あなたが夜な夜な創ったんじゃないですか。


