願望実現

全のゼロ地点(1/4)|vol.68

今、自分がどんな認識をしているか見極めるには「この考えが浮かんだということは自分は○○だ」と、あえて確認するようにするといいでしょう。例えば「支払いが苦しい。どうしよう」という思考が浮かんだなら、根底には貧乏という認識があります。そこで「支払いが苦しいということは自分は貧乏だ」とか「お金が欲しいと願っているということは自分は貧乏だ」といった具合にあえて確認してみるのです。
願望実現

認識の木(4/4)|vol.67

あることについて悩んでいるとき、そこにはその「あることの木」が生えています。認識によって生えるこの木は種々雑多な思考という名の果実を実らせますが、どれも美味しいとは言い難いでしょう。かといって、その木を切り倒す必要はありません。その木はそこにあっても構わないのです。あなたがその果実に目を奪われても、果実をもがなければ害はないのですから、違う木を探せばいいのです。
願望実現

認識の木(3/4)|vol.66

現実は直接は変わりません。映像への認識が変わったときに現実が変わるのです。実際、あなたの現実はなかなか変わらなかったのではないでしょうか。認識が変わっていないのですから現実が変わらないのは当然であるといえます。 あなたの中に認識という木が植えられました。植えられた木に、あなたは無意識のうちに水をやります。
願望実現

認識の木(2/4)|vol.65

願望実現の最終的な目的は「それ」に対する認識を変えたいだけ、不快な思考の発生源となっている「そもそもの認識」を変えたいだけなのです。例えばそれは、貧乏という認識からお金持ちという認識へ、嫌われているという認識から愛されているという認識へといったようにです。 あなたの願いはいい現実を見ることです。それが認識を改めるきっかけとなり、文句のつけようのない証拠となって堂々と新しい認識を主張できるからです。
願望実現

認識の木(1/4)|vol.64

あなたは映像を言語化し、それを現実として扱っています。最初に不快な現実を認識すると、当然その後に出てくる思考は不快なものばかりとなり、あなたはその不快な思考と闘うことになります。不快な思考が堂々巡りして、思い出す度に嫌な気分になるのだからたまったものではありません。
願望実現

微細な現実(4/4)|vol.63

願望を実現することの目的は悩みの解決です。要するに思考の堂々巡りをやめるために願望を実現したいのです。実際のところ、思考の堂々巡りが止まりさえすれば手段はなんでもいいのですが、思考は願望を実現するという手段でそれを達成しようとします。 願望実現の目的は今の認識を改めることということになりますが、そもそもあなたの悩みの種となっている最初の認識は正しかったのでしょうか。
願望実現

微細な現実(3/4)|vol.62

映像を言語化するのが認識、認識に議論を重ねる行為が思考です。「確かにそうなのか」「そうだとしたら変えるにはどうすればいいか」「そもそも変えることは可能なのか」等々、侃々諤々の議論が飽きもせずに毎日思考で行われるでしょう。
願望実現

微細な現実(2/4)|vol.61

あなたが現実と呼んでいるものを大袈裟にいうと、宇宙全体からあなたの五感が認識できない部分を大幅にカットした超ダイジェスト版なのです。宇宙から見ればあなたの身の回りで起こっていることなどミクロな出来事ですが、そのミクロな世界でああでもないこうでもないと大騒ぎしているのが人間です。
願望実現

微細な現実(1/4)|vol.60

あなたは五感を使って現実を体験しています。正確には、体験していると思っています。あなたが体験していると思っている現実は、それを体感した時点では単なる映像の段階であり、現実と呼ぶにはまだ何かが足りません。 体感と現実が異なる点はどこにあるのでしょうか。体感は五感で感じますが、そこに思考という六感目が加わると現実となります。
願望実現

現実は無意識なときほどの創造される(4/4)|vol.59

人は「今」という一瞬にしか生きられないのに、思考は放っておくと勝手にあちこちと時間旅行してしまいます。その旅の道連れになることは、あまりいいことではありません。もちろん、過去に旅行先で見た美しい景色や、あなたに起こった素敵なシーンまで思い出すなと言っているわけではありません。それはあなたの人生を彩った1ページなのですから大切にとっておきましょう。