僕らにとって現実とは頭の中の考えなのです。映像は関係なく、頭の中で繰り広げられるストーリーが僕らにとってのリアルです。本当の「今」は目の前に広がっているこの光景なはずなのですが、頭の中のナレーションが優先されているのが人間です。一般的な意味での現実とは、単なる考えに過ぎないことを知っておくことです。
映像は「今」、ナレーションは「過去か未来」、この原則を覚えておくといいでしょう。頭の中の考えはリアルではありません。それは目を瞑るか、壁や天井などの動かない一点を見つめてみるとよくわかります。リアルの映像では何も動きはないはずなのですが、頭の中では何かが起こっていると判断されています。ストーリーが勝手に構築されるからです。
何も起こっていないのに、何かが起こっているように感じる、これこそが思考というナレーションの為せる技であり、多くの人が長年に渡って騙され続けてきた現実の正体なのです。
「今」の映像と、「過去と未来」の考えというハイブリッドが一般的な現実の捉え方です。ところが、多くの人がハイブリッドであることすら気付いていません。映像と考えは全く別物なのです。映像と考えを分けることに慣れることです。映像に集中すれば「今」、考えに集中すれば「過去と未来」です。「今」にあろうとするなら、考えに惑わされないことです。
目を瞑るか、壁や天井などの一点を見つめて自分の現状を判断をしてみましょう。手始めに「幸せだ」または「不幸せだ」を判断してみます。どちらかは馴染み、どちらかは馴染まないと感じるはずです。あるいは、この部分は幸せだと思うが、この部分は幸せとは言い切れないといったように、どっちつかずのこともあるでしょう。
実は判断の内容は何でも構いません。それよりも、あなたは目を瞑った暗闇か、あるいは壁や天井といった動きがないものを見ながら判断ができているということに気付くことです。壁の一点を見ただけでは、幸せか不幸せかなど判断できるはずがないのに、その判断ができてしまうのです。これこそが現実がハイブリッドである証拠です。簡単に言えば、常日頃から聞かされている思考のストーリーが判断を可能にしているのです。


