目的地に着けるかどうかがあなたにとって死活問題なのでしょう。あなたはどこかの目的地へ向かっているはずなのですが、その途中の景色は自分の願望とは裏腹な場面ばかりが見えるような気がしないでしょうか。どこへ着くかもわからない状態で不安になる気持ちはわかります。
その道中も何かが実現しているはずなのですが、一体なにが実現しているのかというと自分が「できる」と認識しているものが実現しています。「できない」と認識しているものは願望という形で存在しているわけですから実現はしません。
願望を実現する。一見すると全く違和感はありません。しかし、あまりにも自然な矛盾を抱えた言葉でもあります。「願望」とは「実現していない状態」のことです。「願望を実現する」という一文の「願望」を「実現していない状態」に置き換えてみるとよくわかります。「実現していない状態を実現する」。
そう。願望を実現するという言葉自体が、願望を実現することの拒否宣言なのです。わかりにくければ「願望」を「叶っていない」と翻訳しても構いません。叶っていないから願望ですからこの翻訳でも正解です。
ではやってみましょう。先ほどと同じように「願望を実現する」の「願望」という部分を「叶っていない」に置き換えてみます。さてどうなったでしょう。「叶っていないを実現する」です。わかるでしょうか。「願望を実現する」という言葉自体が既におかしいのです。意味がわからないというか、あなたの願いとは真逆ではないでしょうか。
実現しているなら願望ではないし、願望であるなら実現していない。頭が混乱しそうですが、願望とはそもそも実現するものではないのです。実現する必要がないと言った方がいいでしょうか。誰が好き好んで「実現していない状態」を体験したいと願うでしょう。あなたの願いはそうではないはずです。
「願望の実現」は「実現していない状態の実現」ですから、結局のところ実現していないのです。あなたのイメージする「願望の実現」を矛盾なく表現するならば「実現の実行」となります。「実現していない状態」という架空の状況を作り出すから矛盾が生じるのです。
願望というものを特別視してはなりません。願望とは平たく言えば単に「したいこと」なのです。どれだけ特別なことに思えても、「水を飲みたい」「ご飯を食べたい」「そろそろ寝たい」と難易度は同レベルなのです。


