自分との闘い(3/4)|vol.110

願望実現

「できない」と判断していたものが、経験や鍛練によって「できる」と判断できるようになったら願望は実現します。確かに理にかなっているのですが、同時にそれはエゴ的な手法であり、「できる」と判断できるようになるまで自分に鞭を打つ手法でもあります。

できないあなたが悪いのではありません。単に「できるできない」の判断をすると、ほぼ100%「できない」の判断が下されるだけなのです。悪いわけでもなく欠点があるわけでもないのに「お前にはできない。できないお前が悪い」と鞭を打たれる自分の立場を考えてください。そんな理不尽なことがあるでしょうか。

あなたは今まで「できるできない」の闘いに勝利しようとしてきたでしょう。「したいこと」が現れたときに「したいけれど出来ない」と判断し、それを「したいことが出来る」に変えるために努力してきたでしょう。

例えば「恋人が欲しい」という願いがあり、「今のままではできない」と判断しているとします。この時点で願望として持つわけですが、このときの「できない」を「できる」に変えることによって恋人を手に入れようとするのがエゴ的手法です。

「できない」という強敵に勝たなければならないわけですが、勝つためにはその根拠となるレベルアップが必要です。それは容姿を磨くことかもしれないし、コミュニケーション能力を高めることかもしれないし、収入を増やすことかもしれません。

あなたは「自分にはコレが足りないから勝てない」と判断したこと、逆に言えば勝ち目を見出だしたことを補う努力をするでしょう。それが一定のレベルに達したら「これで勝てるかもしれない」となるわけです。

「自分との闘い」というのはよく使われる表現です。あなたは自分と闘っているし、現実と闘っているでしょう。自分の世界を認めたくないし、その世界を変えることができない自分を認めたくないのです。

闘いに勝つことを目指すのではありません。そもそも闘う必要がなかったことに気付くのです。勝つこと、つまりは「できる自分」になることに固執するあまり、何のために闘っているかさえわからなくなっているのです。自分が幸せになるために自分と闘うという矛盾に気付くべきです。「自分ができるようにならなければ願望は実現しない」。ここに根本的な誤りがあります。

自分と闘うことをやめること。これは願望実現において核と言ってもいいものです。人間が闘っているものは大きく二つ、現実と自分です。まず満足できない現実と闘い、それを満足できるものにしようとしますが、それが出来ないと今度は出来ない自分と闘うのです。自分とも自分以外とも闘いっぱなしです。

タイトルとURLをコピーしました