現実か虚実か。可能か不可能か。人は普段そうした基準による判断に慣れ親しんでいますが、その基準はあなたの役には立たちません。判断基準を変更して新しいルールで思考を認識してみましょう。
新しい基準は、あなたの役に立つか立たないか。意味があるかないか。気分がいいか悪いかです。従来の、現実か虚実か、或いは可能か不可能かは問いません。例えば「裕福だ」と「困窮している」という二つの思考が浮かんだとします。このときに気分がいいのはどちらでしょう。
恐らく「困窮している」という思考が心地いいという人はあまりいません。よって、どちらが気分がいいかと問われたら「裕福だ」を選びます。しかしここで、慣れ親しんだ「真実か虚実か基準」での分類によって横槍が入ります。
「実際に困窮しているのに心の中だけで裕福だと言っても意味がない」というわけです。だからこそ真実か虚実かの基準で判断することをやめましょうというのが今回のお話です。その基準で判断することをやめ、単純に気分のいい方を選ぶようにしてみます。そうであるかないか、そうなれるかなれないかといったことは度外視で構いません。
あまり深く考えずに答えてほしいのですが、あなたの人生に「困窮している」という思考は必要でしょうか。この思考に対して、辛く苦しい気分になるのなら、あなたにとって「困窮している」という思考は役に立たなそうです。
「困窮している」と考えることに何かメリットはあるでしょうか。メリットはなさそうだと答えるのも正解だし、それがモチベーションになると答えるのも正解です。間違いというものは存在しません。ただし、困窮という状態は、もがけばもがくほど深く沈み込んでいく底無し沼であることも確かです。「困窮している」という思考を採用し続ける限り、あなたは困窮から抜け出せなくなってしまいます。
「実際に困っているのにどうやって裕福だと思い込めばいいんだろう?そうしたところでただの妄想じゃないのか」。正にこれが、あなたが真実か虚実か、可能か不可能かで思考を判断していることの証拠です。言ったはずです。真実か虚実か、可能か不可能かという基準を捨ててくださいと。そして、それらを度外視して単に必要か不必要か、気分がいいか悪いか、メリットがあるかないか、それを基準にしてくださいと。


