【願望を手放す】究極の選択!?願望は叶えるべきか諦めるべきか…行き着く先は一緒ですよ【復刻記事】

復刻記事

※この記事は旧サイトに掲載されていた記事の復刻版です。

願望が叶わなくて苦しい。かといってその叶わない願望を諦められない。それもまた苦しい。あなたには二つの苦しみがあります。

その二つの苦しみが、願望を叶えて幸せに軽やかに生きようとしているあなたの両足に、足かせとなってくくりつけられています。

この足かせが外れたとき、あなたはスキップしながら人生を謳歌することでしょう。

二つの苦しみは一発で解消できる

「願望が叶わない苦しみ」「叶わない願望を諦めることができない苦しみ」この二つの苦しみは、一方が消えれば自動的にもう一方も消えます。

「願望が叶わない苦しみ」は、願望が叶うことで消えます。もう一方の「叶わない願望を諦めることができない苦しみ」は願望が叶えば諦める必要がなくなりますから消えることになります。

「叶わない願望を諦めることができない苦しみ」は願望を諦めることで消えます。もう一方の「願望が叶わない苦しみ」は願望が叶うことを諦めて、叶わない苦しさから解放されることよって消えることになります。

つまり、この二つの苦しみを消すためには「叶える」か「諦める」のどちらかを選択すればいいということです。

一見、真逆に見える「叶える」と「諦める」のどちらかを選択すれば、二つの苦しみが一気に解消されるこの現象。これにはカラクリがあります。

実は、行き着く先はどちらも同じです。
どちらを選んでも「願望が実現するから苦しみがなくなる」にたどり着きます。

鍵は「叶えようとしなくなる」ことにある

「叶える」と「諦める」の選択。どちらを選んでも「願望が実現する」にたどり着くカラクリは「叶えようとしなくなる」ことに鍵があります。

願望が叶ったら、その願望を「叶えようとしなくなる」のは理解できると思います。実現した願望をもう一度叶える必要はないからです。一方、諦めた場合もその願望を「叶えようとしなくなる」んです。

前者は「叶っているから叶えようとしなくなる」。後者は「諦めたから叶えようとしなくなる」。同じ「叶えようとしなくなる」でも、その性質は違うように見えます。

はい。大事なところはここです。
違うように”見える”んです。あくまでもエゴの目にはそう見えているだけっていうことです。

あなたの現実は、あなたの”在り方”にかかっている

あなたの現実は、あなたの”在り方”にかかっています。では、在り方とはなんでしょうか?

あなたには叶えたい願望があります。願望の状態であるということは、まだ叶っていません。
あなたは欲していて、求めていて、叶えようとしているでしょう。
これが実現していない状態の”在り方”です。

では、叶っている状態はどうでしょうか?
あなたはもう欲していないし、求めていないし、叶えようとしていません。
これが実現した状態の”在り方”です。

ここで、大切な原則を知っておいてください。
現実はあなたの”在り方”に沿って展開します。

あなたが「実現していない在り方」をしていれば実現していない現実に。あなたが「実現している在り方」をしていれば実現している現実になります。

これは、あなたの在り方によってそのように見えるといった精神論の話ではありません。あなたの在り方に沿って現実が展開していくんです。

その証拠に、既に現実はあなたの「実現していない在り方」に沿って展開していませんか?

どちらか決めたら、もう撤回しない

願望実現の苦しみから解放されるには、叶えるか諦めるかのどちらかを選択します。どちらを選んでもエゴは恐れるでしょう。

叶えるを選べば「本当に叶うかな?叶わなかったらどうしよう?ガクガクブルブル」。
諦めるを選べば「本当に諦めるの?嫌だ!この恐ろしい現実が続くなんて困る!ガクガクブルブル」。

あなたはどちらを選択するか決めたら、エゴの制止を振り切り、”在り方”を変えないようにしてください。

叶えるを選択しておいて「やっぱり叶わないんじゃないかな?諦めた方がいいかもしれない」。
そして今度は諦めるを選択して「でも叶った方が幸せに決まってる!叶わないなんて嫌だ!やっぱり叶えよう!」。
以下、ループ。

そんな中途半端なことをしていると、その”中途半端な在り方”に沿って、中途半端な現実が展開しますよ。

叶えるか諦めるか。選択肢は”諦める”しかない

ここまで、叶えるか諦めるかのどちらかを選んでくださいという趣旨でお話ししてきましたが、実のところ選択肢はありません。
願望が実現するには諦めることが必要だからです。

願望は思いきって諦めてください。願望実現の苦しみから解放されてください。願望実現のために苦しんでいないあなたは「願望が実現している在り方」になります。

でも今持っている願望を諦めると言ったら、きっとエゴが胸の辺りでザワザワと騒ぎます。

「諦めていいの?本当にこのままでいいの?」

はい。いいです。放っておいてください。
なぜなら、エゴに同情したところで、エゴに願望を叶える力なんてないからです。

最初は辛く感じたり、寂しく感じるかもしれません。今までは願望が叶わないまでも、叶えようとはしてきたので、奇跡的に叶うかもしれないという期待がありました。

願望を叶えることを諦めるのは、期待も一緒に捨てることになるので、これでもう一生叶わなくなったと感じるかもしれません。

「はい。もう諦めました。願望に四苦八苦するの嫌になりました。もう叶わなくていいです。叶うんなら叶えばいいし、叶わないなら叶わなくていいです。どっちでもいいです。どーでもいいです」

一見、自棄にも見える開き直りの気持ちが湧いてきたらこっちのものです。この気持ちのときに、なぜ今まで願望が叶わなかったのかというヒントに気付くこともあります。

それに気付かなかったとしても、気持ちが軽くなれば大成功です。あなたは「叶えようとしていない私」になります。

「叶えようとしていない私」というあなたの在り方は、既に「実現している在り方」になっています。

どうしても諦められないあなたへ

願望は諦めたら叶うというのは、願望実現の世界ではよく聞かれる話です。この諦めるという言葉を額面通りに受け取ると、エゴがバンバン反発してくるでしょう。

願望が諦められないから苦しい。願望について苦しんでいるから、余計に実現が遠のいていく。すっかり停滞してしまって、迷宮に迷い込んだような辛い気持ちよくわかります。

諦めるという言葉には、どうしてもネガティブなイメージが付きまといますから無理もありません。

あなたは恐らく「諦める」という言葉を「叶えてはいけない」と結び付けています。そこを変えましょう。
「諦める」というのは「叶えようとするのをやめる」ことです。

「叶えようとしている私」に戻りそうになったら、こう言ってください。

「私は願望を叶えようとするのをやめる」

願望は手放した方がいいとわかっていても、なかなか手放せなかった方。このアファメーションを試してみてはどうでしょうか。

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